プレスリリース

高知新聞(平成21年5月29日掲載記事)より 映画「風のかたち」

小児がんの子どもたちのキャンプの様子を10年間にわたり記録したドキュメンタリー映画「風のかたち」が完成した。

私は母校の順天堂大学で小児がんの診療に約20年関わった後、8年前、高知に帰って開業した。
小児がんは成人のがんとはその種類も生物学的特性も大きな違いがある。また、治療に対する反応も異なり、抗がん剤や放射線治療がよく効く。
今では小児がんの約80%は完治するようになり、既に多くの小児がん経験者が成人している。
しかし、幼い子供ががんになることのインパクトは本人もとより、家族に対しても計り知れないものがある。それだけに、家族全体を視野に入れたトータルで継続的なケアが必要とされている。

1997年夏、7人の小児がんの子どもたちが俳優のポールニューマン氏が主催するコネチカット州のキャンプ場に招待された。1988年に開設されたこのキャンプには毎年世界中から約1000人の子供たちが訪れる。広大なキャンプ場には湖があり、プールや体育館の他に劇場もあった。子供たちの世話をするのはカウンセラーと呼ばれ若者たちはる主に東部の大学生であり、ニューヨークやボストンから休暇をとってやってきたビジネスマンもいた。
オープンから10年目を迎えていたこのキャンプの卒業生の多くが既に大学生や社会人になっていて、カウンセラーとして戻ってきていた。子供たちは暖かい雰囲気の中で、同じ経験をした仲間にしか分からない思いを語り合い、短い間に強い絆が生まれていた。最後の夜には全員が劇場に集まり、参加者一人ひとりがステージに呼ばれ終了書が渡された。フィナーレは子供たちの写真が次々にスクリーンに写しだされるスライドショーであった。心の底から笑っている子供たちの顔が今も鮮やかに思い出される。

帰国した私は仲間たちにキャンプの様子を熱っぽく語った。そして、翌年、日本でも小児がんのキャンプが始まった。毎日新聞の「小児がん撲滅キャンペーン」に寄せられた読者からの寄付から援助を頂いた。発起人となった3人の児科医、細谷亮太、月本一郎、石本浩市の名前をとってキャンプにはスマート・ムン・ストーンというしゃれたニックネームが付いた。スマート(細)、ムン(月)、ストーン(石)というわけである。
当時、日本では少数派であった告知を受けている子どもたちに参加を呼びかけ、ボランティアを含む100人近い規模でスタートした。7月終わりの3日から4日間を大自然の中で遊び、夜は普段学校の友達に話せないことを語り合った。最初の2年間は三浦海岸で、その後は清里、阿蘇、北海道(滝川)と回り、2年前からは再び清里に戻った。

このキャンプの様子は2年目からドキュメンタリー映画の伊勢真一監督により記録されてきた。
幼くして命と正面から向き合わざるを得なかった彼らは、その闘病生活を通して生きていく上で最も大切なことを知っている。10年前に映像の中で看護師や保育士になりたいと語っていた彼らの多くが、その夢を実際に叶えている。あの時の少女の中の2人は母親になり、今年のキャンプには子供と一緒に参加するという。キャンプの代表者である細谷先生の「10年撮ったらベネティア映画祭に行こう」という半分冗談のような言葉は今、にわかに現実味をおびてきた。
「ヨット、ヨット、風のかたちは帆のかたち」。
三浦海岸で子供たちを乗せたクルーザーが疾走する様子を詠んだ細谷先生の句である。
映画「風のかたち」の上映は7月に始まる。高知でも自主上映会を予定している。乞、ご期待。
(高知新聞 平成21年5月29日)